おまもりも、ジンクスも、無い方がいい理由

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受験の季節です。
北海道で、受験生を助けたタクシーの話が炎上したり、
私の歌の先生が
「どうしてこんな時期に、音大受験生は人生を賭けて歌わなければならないのか…」とグチったり、
いろいろ起きております。

私は幼稚園、小学校、中学校と、絵に描いたような受験戦争をして、
それっきり、そういうモノにイヤになって、背を向けて人生を生きてきたクチです。
その受験戦争の中で学んだ、数少ない、今でも役に立っていることは

「おまもりも、ジンクスも止めておいた方がいい。」

ということです。

理由は簡単で、

・「お守り」があったら、それを失くしたり忘れたりした時に大騒ぎで、試験どころじゃなくなる。
ただでさえ、受験票だなんだと、持ち物チェックが必要な日に、持ち物を増やさない。
試験前だって、何年も大事にしていたお守りが失くなったら、しばらくは心穏やかじゃなくなるから
基本的には、持たない。「お守りめいたもの」も。

・ジンクスも同じ。やり忘れたり、間違えたりしたら、不安になる。
人は忘れたり、間違えたりするんだから、そんな決め事はしない方がいい。

お守りをもらったら、大事に、仏壇、神棚、引き出しの中などに入れて、
下さった方の気持ちは、心にしまえば、心はいつも共に。無くなりはしない。

ジンクスは、その場でできるものだけにする。
例えば、右の眉を3回こすったら、忘れたものを思い出せるとか、
薬指の第一関節を曲げると、安心できるとか、
古典的には、人と手のひらに書いて飲む真似をすると落ち着くとか、です。

大事なモノってのは、心とか頭の中にあるものです。

[こんな話も]
教会で聞いた話です。
ある人が、うっかり、聖書を失くしました。
長年愛用の聖書で、書き込みや、アンダーラインがたくさんしてありました。

すごく探したのですが、出て来ず、仕方が無いので、新しい聖書を買いました。
しかし、どうにも落ち着かない。
印刷してある言葉は同じなのに、落ち着かない。
失くした聖書の事ばかり考えてしまう。

そんな日々をしばらく過ごして、その人は気づいたそうです。
「ああ、私は、神の言葉ではなく、『あの聖書の、アンダーラインやメモ』を頼っていたのだ。」

検索したり、買い物に行けば、いつでもなんでも、分かったり、手に入る今、
自分の身についているモノ/コトがどれだけあるのか、と、不安になることもしばしば。

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